5月27日礼拝説教要約 「命をもたらす霊の法則」


詩編27:1~3
ローマの信徒への手紙8:1~17

 本日は、ペンテコステおめでとうございます。代々の教会が、クリスマス・イースターと並んで大切に祈ってきた「聖霊降臨日」つまり「教会の誕生日」である。三位一体の霊の神とは「父・子・聖霊」の神・キリストのもとから遣わされる霊である。イエス・キリストの十字架・復活・昇天と深く関わっている。ローマ書7章で肉の罪に売り渡される人間の生まれながらの惨めさをパウロは呻いている。律法は聖なるもの、良いものであるが、人間は律法を完全に守ることができず、全ての人間は自力で自分を義とすることはできない。信仰を持たない人は無力さを噛みしめるしかない。

 8章は、聖霊について集中的に語られている。キリスト・イエスを信じて生きるためには聖霊の力が不可欠である。罪と死との法則から、霊の法則によってキリストに結ばれ、決定的に自由になる、命をもたらす霊の法則の恵みについては、「イエスを死者から復活させた方の霊があなた方の内に宿っているなら、その霊によって、死ぬはずの体をも生かして下さるでしょう」との記述に表されている。キリストこそが命の分岐点であり、キリストを救い主と信じる信仰によって、人間は罪にも死にも縛られず、神様の祝福の中に生きることが許される。

 キリスト者の内に聖霊が確かに宿り、生きて働いてくださる聖霊が一人一人を支配している。主の日の礼拝で、私たちは生きるキリストと出会う。ペンテコステは主が復活されてから50日目の事実である。信じて祈る者たちの上に聖霊が注がれて教会が誕生した日である。イエス・キリストから遣わされた聖霊の働きにより、神の救いの約束の御言葉どおりとなり、主は私達に御顔を向けて下さる。聖霊の注ぎを受けて、人は神の愛を知り、自分に敵対する者たちへの憎しみを断ち、永遠に神のみもとに憩わされて生きる者へと変えられていく。

 キリスト者は霊の人であり、神に愛されているゆえの義務・責任・負債を心に刻んで、想像をはるかにこえる恵みに応えていかなければならない。信仰を与えられている者は、自然に喜んで神に応え、栄光を表わすことを人生の目的とするようになる。聖霊の働きのもとに生かされている私たちは主を一筋に信じ、主のものとされているという事実を光栄に思い、霊の息を吹きこまれた人間として雄々しくこの世に遣わされていきたい。




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