2016年3月27日 イースターファミリー礼拝 先週の説教を受けて 『死で終わらなかった』

コリントの信徒への手紙Ⅰ15章12節~19節
イースターは私たちの喜び、世界の喜び、共感できる喜びです。教会はこの喜びをどう伝え続けてきたか、それは聖書に記されている主イエス・キリストの復活をお祝いするためです。主イエス・キリストが十字架の死から三日目に復活されたことは聖書において知ることができる。
弟子たちの裏切り、十字架はイエス様の身に起こったこと、その死は兵士たちが確認している。死者の復活、主イエス・キリストの復活がなければ教会が信じ続けてきたものが無駄になり(14節)、信仰はむなしく罪の中にある(17節)とパウロははっきり言っている。
主イエス・キリストが私たちにお与えになりたかったことは永遠の命、神の国で生きていくことできるようにとの思いに他ならない。
わたしたちには死を考えたくない、死から逃げたいとの思いが強い。しかし、聖書はこの絶望を取り去るためイエス・キリストが十字架に死なれ、私たちに永遠の命を与え復活の喜びに満たしてくださると告げている。イエス様のしてくださったこと知り、見ることによって永遠の喜びの中にいることができる。主の愛、主イエスの愛が伝わるとき喜びにあふれる。十字架と復活は教会においていつも語られる。それは、天のみ国の喜びを明らかにする。教会は主イエスの復活の恵みを受けている者の集まり、聖餐式はその感謝の時であることを深く感じることができ嬉しい思いに満たされた今朝の礼拝でした。(吉田富江)

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