5月8日 説教を受けて 「愛しておられるから」


詩編84篇11~13節、ヨハネの手紙Ⅰ 4章7~11節

 母の日ファミリー礼拝が教会学校の子どもたちと保護者の方々とご一緒に守られたことは誠に感謝であった。礼拝後もご一緒にテイータイムを楽しみ懇談の時を持つことができた。田所慈郎先生のメッセージの中で、2016年度はこのようなファミリー礼拝が6回企画されていると話されたがこれからも大いに期待したい。

 「母の日ファミリー礼拝」で検索すると、富士見丘教会のファミリー礼拝の案内(チラシ)がいの一番に表示されて嬉しかった。また、同じ名称で多くの教会が合同礼拝を守っていることを知った。一方、「母の日」で検索すると、「遅れてごめんね/母の日ギフト」などのコマーシャルが上位を占めていて「Wikipedia」の母の日の説明は後ろの方に、しかもかなり限定的にしか説明されていない。田所慈郎先生の、教会の諸行事が商業化されて本来の趣旨・姿が見えなくなっている、なかでも母の日の市場規模が一番大きいとのお話を裏付けている。母の日が始まった原点が、母に感謝し、母を支え導いてくださったイエス様に感謝する教会での礼拝にあることを忘れてはいけない。

 今から150年前、ウエストヴァージニア州の小さな教会の牧師未亡人アン・ジャービスは南北戦争によって生じた南北間の敵意という心の深い傷を癒すべく2人の娘を育てながら南北間の和解に努めたが、その死後、教会で行われた未亡人の記念礼拝で娘の一人アンナ・ジャービスが母への想いと困難の中で希望を与えて母を支え導いた主イエスに感謝する証しをして出席者を感動させた。そして、出席者に母が好きだった白いカーネーションを渡した。これが母の日の始まりである。アン・ジャービスは主イエスの十字架の愛を知っていた。それ故、隣人を自分のように愛しなさいとの主イエスの掟に忠実であろうとしたのである。母の日は全米に広まり米国の祭日となり世界に広まったが、日本で最初に母の日礼拝が行われたのは青山学院の礼拝堂であった(1913年)。

 私たちも主イエスの十字架の愛に感謝し、互いに愛し合いなさいとのみ言葉に従って歩んでいきたい。(大橋祐治)

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