先週の説教(2016年6月19日)を受けて 『人生の転換』

イザヤ書 40章1~5節
ルカによる福音書 3章1~14節


 本日の聖書の箇所は、ルカによる福音書に独特の記載である。一つは、証拠立てて年代をはっきり示し、事柄の真実性を訴えていること。これから語るイエス様の福音が真実であることを示している。そして、もう一つは、預言者が召命を受ける時などに使われた旧約聖書的な言い回し(「神の言葉が荒れ野でザカリアの子ヨハネに降った。」)を用いていること。これは、洗礼者ヨハネが預言の成就であることを示している。
 ヨハネの洗礼は、悔い改めた後、悔い改めのしるしとして受けるものであり、「我々の父はアブラハムだ」といって自らを清い者としていたユダヤ人達には衝撃であり、その傲慢さを打ち砕くものであった。私達にも、同じような傲慢さはないだろうか?省みてみる必要がある。
 「谷はすべて埋められ、山と丘はみな低くされる」必要があるが、私達はなかなか受け入れることができない。しかし、イエス様はあきらめずに関わり続け、聖霊を注いでくださる。それにより私達の人生が良い方向に主によって転換させられていく。そしてパウロがコリントの信徒への手紙二5章で語っているように、古い生き方は価値がなくなるのである。
 イエス様は私達の所へ既に来て、共に居てくださる。このことは、恵み以外の何ものでもない。洗礼者ヨハネは、悔い改めを迫り、そのことを叫ぶために命を捧げた。教会は、その働きを今なす共同体である。イエス様の到来により、イエス様が私達の罪を贖い、永遠の命を与えてくださるという福音を再び受け取って歩んでいきたい。(日吉実)

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