テーマ:2012 説教要約

3月10日礼拝説教要約 『パウロの弁明』

   申命記4章1~14節、使徒言行録21章37節~22章21節  その男を殺してしまえ、と叫ぶ群衆の中を兵士たちに担がれて兵営に連れて行かれるパウロが、身の危険をも顧みず追って来る群衆に話しかけたのは何故か。パウロは群衆の中に、救われる前の自分を見、彼らにも主の福音を伝え、救いに与ることを望んだからである。どのような時にも主…
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2013年3月3日 先週の説教より 『パウロの逮捕』

民数記6章13~21節 使徒言行録 21章17~36節  何故パウロは身の危険を冒してまでエルサレムに行く必要があったのだろうか。それは異邦人キリスト教会とユダヤ人キリスト教会の間に深い溝があり、教会の一致を確認しなければ、生まれたばかりのキリストの教会がバラバラになってしまう可能性があったからである。  パウロは、エルサレム…
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2月24日礼拝説教要約 「恵みによって選ばれた者が残っている」

  列王記上19章14~18節、ローマの信徒への手紙11章1~10節  「わたしは福音を恥としない。福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシャ人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神に力だからです。」。パウロは、ロマ書8章までで、律法ではなくキリストの福音によって真の救いが与えられることを説いた。異邦人に福音を述べ伝えたパウロの次の最大の…
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2013年2月17日 先週の説教より 『御心がなるように祈りつつ口をつぐむ』 

ヨエル書3章1~5節 使徒言行録 21章1~16節    2月13日の灰の水曜日から受難節の時をすごしている。初代の教会の信徒たちは額に灰をつけキリストの僕であることを示し、キリストの十字架を思い、悔い改めと克己の時とした。  今日の聖書の箇所では、パウロが第3回の伝道旅行を終えエルサレムに行くために船出したことが記されている。ティ…
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2月10日 礼拝説教要約 「神とその恵みの言葉に委ねる」

                                              イザヤ45章20節~25節                     使徒言行録20章28節~38節  2/13~3/30に受難節を迎える。主のお苦しみは私のためであったことを覚えて祈りたい。本日の使徒言行録は、パウロがエフェソの教会を去…
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2013年2月3日 先週の説教より 『ひるむことなくすべてを伝えた』

イザヤ書40章6~11節 使徒言行録 20章13~27節  今日の聖書の言葉は、エフェソの教会に対して、遺言といっても大げさでないパウロの告別説教といわれる部分の前半である。  21節までは、パウロがエフェソでどのように指導してきたかが語られている。パウロは『自分を全く取るに足りない者と思い、涙を流しながら』主に仕え、神に対す…
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1月27日礼拝説教要約 「分かち合う喜びに生きて」 舩戸良隆牧師(勝沼教会)

                                             マタイ14章13節~21節    今日の礼拝が全世界の主にある兄弟姉妹、インドネシアの島やタイの川のほとり、バングラデッシュの山岳地方での小さな礼拝と連なっていることに主に感謝したい。  ACEF(アジアキリスト教教育基金)で、バングラ…
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2013年1月20日 先週の説教より 『励ますことと慰めること』

詩編16篇1~11節 使徒言行録 20章1~12節 使徒言行録20章には、「励ます」「慰める」という言葉が繰り返し使われている。私達は人を励ましたり、慰めたりしようとする時、言葉が出てこない。これに対して、パウロは主の日の礼拝において、全知全能の生ける神様が共に居てくださることを語り、その言葉が真実であるということを明らかに…
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1月13日礼拝説教要約 『手で造ったものなどは神ではない』

イザヤ書2章6~22節、使徒言行録19章21~40節  アルテミス神殿の門前町の銀細工師たちによるエフェソでの騒動の出来事は、自分たちの仕事が失われる現実の危機感によって起こされたものであり、エフェソを拠点とした3年間のパウロの第3回伝道旅行の成果の素晴らしさを物語っている。手で造ったものを神とする偶像崇拝の本質は自分の思いや欲望…
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2013年1月6日 先週の説教より 『魔術を離れる』 

申命記18章9~14節 使徒言行録 19章11~20節    パウロの第3回伝道旅行はどのようなものであったか、エフェソに3年間留まって伝道した、誰もが主の言葉を聞くことになったと記されていることから、パウロの願っていたことがエペソを拠点にしてなされたことが分かる。11節には「目覚ましい奇跡が行われた」とある。今朝の箇所から奇跡の記述…
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12月30日礼拝説教要約 『信じる者の姿』   田所慈郎神学生

  詩編96篇、マルコによる福音書14章3~9節  12月25日から1月6日までがクリスマス(降誕節)である。年末のあわただしい雰囲気の中であるが、主イエスが何故私たちのもとに遣わされたか、そのことを正しく知って私たちがなすべきことは何かをイエスに香油を注いだナルドの一人の女性を通して学びたい。  イエスが十字架にかかる…
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12月23日礼拝説教要約 「クリスマスの喜びと悲しみ」

                                              マタイ2章13節~23節  日本国内も世界も混沌とし、常に多くの不安がある。戦争・飢餓は絶えず、国内では、東日本大震災復興という大きな課題を抱えている。今年を振り返れば、愛する親しい人達との多くの別れもあった。イエスキリストが生まれた時代…
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2012年12月16日 先週の説教より 『占星術の学者たちが訪れる』

マタイによる福音書 2章1~12節  占星術の学者たちは、今でいう天文学者であり、当時の最先端を研究し、世界の情勢をよく知っていた。そのような学者たちが学問を中断して、長く危険な旅に出発したのは、全世界の真の王・救い主の誕生を示す特別な星に導かれたからである。自分達を本当に治め、導いてくださる真の王の誕生を彼らは確信した。  私…
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12月9日礼拝説教要約 『イエス・キリストの誕生』

   マタイによる福音書1章18~24節  主は聖霊により宿り、おとめマリアより生まれ、夫ヨセフは正しい人でその子をイエスと名付けた。  イエス・キリストの誕生の次第を冒頭に記したマタイによる福音書の記者の目的は、神は我々と共におられる―インマヌエル―、そのことが救いであるとのメッセージ、そして、救いがどのように実現した…
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2012年12月1日 先週の説教より 『イエス・キリストの系図』  

マタイによる福音書 1章1~17節    マタイによる福音書は新約聖書の一番初めにおかれ、冒頭からイエス・キリストの系図とあり、16節までは原文では「○○が○○を生んだ」という文が続く。新約聖書全体の最初にマタイがおかれたのは、旧約聖書に、神の御心が主イエスにおいて実現すると預言されていたからである。ゆえに、主イエスはアブラハムの子、…
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11月25日礼拝説教要約  「すべての人に同じ主がおられる」

                       イザヤ書65章1節~5節                       ローマ書10章5節~21節  ローマ書に記されるイスラエルのかたくなさ・つまずきは、洗礼を受けキリスト者である私達の問題と無関係ではない。本日の箇所は信仰義認について示されている大変重要なところである。旧約聖書…
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11月18日礼拝説教要約 『主イエスの名による洗礼』

   詩編119編1~16節、使徒言行録18章24節~19章10節  あなたは聖霊を受けているか?の問いに対し、キリスト者は「主イエスの名による洗礼」を受けた者であると確信を持って答えなければならない。なぜならば、父と子と聖霊の名によって洗礼を受けてキリスト者とされたからである。“聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」とは…
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2012年11月11日 先週の説教より 『御心ならば戻ってきます』

民数記 6章1~8節 使徒言行録 18章12~23節  天と地の全てを創られた神様の御支配を、神様の被造物にすぎない私達は、知り尽くすことができない。しかし、御支配が私達に対する愛に基づくものであり、世界を救いへと導くものであることを、私達は聖書を通して伝えられている。神様の御守りは、平穏の中にも困難の中にもあり、どのような時で…
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2012年11月4日 先週の説教より 『眠りについた人たちの初穂』

  コリントの信徒への手紙 Ⅰ 15章12~34節    今朝の礼拝でコリントの信徒の手紙を通して神の慰めのみ言葉を聞く。この時代コリントの人々はキリストの再臨はすぐに来ると思い、自分の復活を考えていなかった。再臨の前に死を迎える者が現れてくると、死者の復活はないと将来の希望をなくし、主の再臨を待ち望むことをやめてしまう者がでてく…
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10月28日 説教要約 「憐みの器として召し出される」

  ホセア書2章18節~25節  ローマ書9章19節~10章4節  ローマ書の中で、パウロは創造主と被造物、神と人の関係を焼物師と器に例えて語っている。器は用途に応じて深い愛を込めて焼物師によって作り上げられるものである。焼物師に作る権限があり、器の意思とは関係なく、一方的な愛で作成される。  器は、異邦人であってもユダ…
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2012年10月21日 先週の説教より 『この町にはわたしの民が大勢いる』

イザヤ書 43章1~7節 使徒言行録 18章1~11節  神様は主の幻の中で「恐れるな。語り続けよ。」との言葉を与えられた時、パウロが恐れずに語り続けることができる具体的な出会いを与えて下さっていた。神様は私達に対しても、「語り続けよ」との御言葉を与えられる時、恐れずに語り続けることができる具体的な状況、助け手、同労者との出会い…
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10月14 拝説教要約 『あなたがたが知らずに拝んでいるもの』

   詩編115:1~18節、使徒言行録17章16~34節  今日の聖書個所は「アレオパゴスの説教」と呼ばれ、聖書をまったく知らない古代ギリシャ文明の中心地アテネの人々へのパウロの最初の福音伝道の出来事である。パウロは、安息日ではユダヤ人の会堂で福音を語り、それ以外の日はアテネの知識人が集まる“広場”で居合わせた人々と論じ合ってい…
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2012年10月7日 先週の説教より 『イエスという別の王がいる』   

イザヤ書 52章7~10節  使徒言行録 17章1~15節   自分の欠けと比較して人を羨ましい、苦い思いにとらわれる時、ねたみが自然と湧いてしまう。そのような思いは抑えようがなく私たちの奥底にある罪と結びついている。  聖書はこのような罪に支配される例をいくつも記している。創世記37章以下に記される ヨセフ物語の兄たちもねた…
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9月30日礼拝説教要約 『神の自由な選び』

    出エジプト記33章18~23節、ローマの信徒への手紙9章1~18節  パウロはロマ書で、1~8章の教理編(ただ信仰によってのみ義とされる=信仰義認)からその実践としての生活編(12~16章:恵みに応える感謝の生活)に進む前に、イスラエルの躓き(不信仰と固くなさ)の問題、すなわち、神に選ばれた民が、神の独り子を十字架にかけた…
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9月23日礼拝説教要約 「あなたも家族も救われます」

                       イザヤ書64章1節~4節                       使徒言行録16章25節~40節  何も法に触れていないが、ユダヤ人が町を混乱させた、という理由で、パウロとシラスは投獄された。当時の投獄者への鞭打ちは激烈であり残虐極まりないものであった。木の足枷に鎖も繋がれ、…
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2012年9月16日  先週の説教より 『占いの霊対キリストの名』   

申命記 13章2~6節  使徒言行録 16章16~24節   第2回伝道旅行に出発したパウロたちは神から御心を示され、福音をギリシャへ、ヨーロッパ伝道の歩みをふみだした。ところが今朝の聖書の箇所ではフィリポの町で道を閉ざされる出来事がおきている。この町で有名な占い師、女奴隷によるものである。この女奴隷は主人に大きな利益をもたらし…
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2012年9月9日 先週の説教より 『神を崇めるリディア』

 詩編119:129~144、使徒言行録16章11~15節  パウロのマケドニア州での伝道は、ローマの植民都市フィリピから始まった。ティアディア市出身の紫布を商う裕福なリディアという婦人はパウロの話を注意深く聞き、彼女とその家族のものが洗礼を受け、マケドニア伝道の初穂となった。そして、パウロ一行はリディアの家に宿泊したのである。このリ…
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2012年9月2日 先週の説教より 『神の幻を見る』

民数記 24章1~9節 使徒言行録 16章6~10節  パウロ達一行は、神様の御心に適っているに違いないと思った道を進んでいたが、前は海、後は聖霊によって閉ざされて途方に暮れ、挫折を味わっていた。  一つの道が閉ざされ、挫折するようなことがあったなら、それは御心ではなかった。自分には別の道が用意されていると考えることができるの…
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2012年8月26日 先週の説教より 「天に向かって涙を流そう」 井ノ川勝牧師

ヨハネによる福音書11章28節~37節   涙について初めての強い記憶は、小学校6年生の時、8ヶ月入院した際の年越しに偶然目にしたものである。お正月を自宅で迎える人達が、次々に病院から一時帰宅する中、自分は一人で病院で年を越すのだと思っていた矢先、「たった今、子供が亡くなりました」と倒れ伏して泣いている若い母親の涙を見た。この時から今…
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2012年8月19日 先週の説教より 『分裂と一致』  宮崎綾子牧師

コヘレトの言葉 3章1~8節  ルカによる福音書 12章49~53節   私たちの地上の人生にはいつ来るかはわからないが、終わりが来る。自分にとって満足できる人生、それだけで良いのか。人生を謳歌し、充実していれば、イエスに出会う必要がないのか。決してそうではない。この世の歩みは永遠の御国、終末の完成に向かって新しい価値感、視点をもって…
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